F.I.B JOURNAL "On the Conner" 20110420

 いー天気で、その日は富士山がはっきり見えた。
撮影を終え、葉山でビールを飲みながら熱く語るからフライヤーを手渡され、
そこに書いてある文章を読んで、以前神保町で買った分厚い写真集を思い出した。

写真家W.ユージーンスミスの集大成ともいえるその写真集に、
彼がNEW YORKの街を、
自分の部屋の窓から定点観測の様に撮り続けた写真ばかり集めたページがあった。

モノクロでザラッとした窓越しに盗撮したような写真たち。

彼は何故街へ出ずに窓越しの写真を撮ったのか?
確かその時期の彼は精神を病んでいたと記憶しているが、
それだけではなく、
その頃のNEW YORKのStreetの「音楽」が彼に届いてなかったのではないだろうか?


この映像はお店の外でビールと煙草でダベッているラヂ
YEAthそして僕の会話と、店から漏れてくるえふあいびーのイカす音楽から始まる。

こんな音楽が流れていれば、彼は街へ出てきたのかな。

震災の影響で薄暗い神田に流れるF.I.B JOURNALの音楽を聴いていると、
撮影を終えて、薄暗いメキシコ、深夜のチアパスの街を歩く、
汗臭い服を着た8年前の自分を思い出した。


「On the Corner」
 ポールオースターの「スモーク」では
 主人公が街角の同じ場所で写真を撮り続ける。
 喧噪をのぞむ街角の角地、
 彼が営む煙草屋の前で。
 指でフレームを作る。
 そう。ドキュメンタリーは既に皆の指の中で始まっている。
 ぼく等は同じく神田の角地に立ち、 
雑踏に耳を澄ます。
 フレームの準備はOK 
CINEMA dub MONKS
 F.I.B JOURNAL 
さて。街角から夜を始めようか。

 F.I.B JOURNAL 
山崎円城

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 「街角の夜」

 街角の夜。 
熱は冷めない。灯は絶やさない。 
音楽は止まらない。いつまでも続いていく。 
人が人と出会う、そんな場所はなくならない。
 遊びを続けていく。文化を繋げていく。 
また、新しい景色を探しにいく。


 PEOPLE 植田浩平

EL SKUNK DI YAWDIE

盛岡行きの高速バスに乗り込んだのは4月13日。
東京の天気は晴れ。
まだ寒い東北の夜に備えて着込んで来た僕には、汗ばむくらいの暖かさだった。

3月11日の地震以来彼らEL SKUNK DI YAWDIEはライブを行わず、
様々な方法で物資を集めて被災地に届けていた。
そんな彼らが、この地震の後の岩手県のライブでどんな演奏をするのか、
どんなことを語るのかどうしても見て、記録したかった。

記録する者として本能的に飛び出した訳だが、
彼等と過ごした4日間で自分の中の特に人間的な部分で変化を感じていた。
旅というものが自分の中で熟成され、形作るまで何年もの時間がかかる様に、
ソレは僕の表面にはまだ出て来てはいない。

しかし、ソレがしっかりと植え付けられるのを感じた。
それは何気ない会話、お客さんに対する気持ち、
インタビューの端々の言葉、MC、
そしてあのライブでちょっとづつ植え付けられていったのだと思う
それは彼等に私生活からライブにまで一貫している、「情」。人に対する思い。

Lawdamassy
神よ救い給え。
あの日岩手県公会堂にいたひとりひとりが歌ったあの歌は、
しかし自分達でやるしかないという決意だと僕は感じていた。
覗いていたファインダーは曇ってよく見えなくなってしまったけれど、
カメラを止めることはできなかった。

kentarowとCINEMA AMIGO

 明日23日逗子CINEMA AMIGOにて、
去年YEAthと撮影したPeacenic2010映像が上映されます。
夜に一度だけ、ビールでも飲みながら。


そして、5月にでるkentarowのCDのジャケットに僕の写真を使ってもらっています。
>>去年の11月kentarow>>http://kentarow.info/.

唄もいーけど、インストもいーやんねー。kentarow。 
そんなkentarowにビールをついでもらえるBar Chit Chat恐るべし… 
よろしくです!

USTREAM20110415

20110415
20:00〜
EL SKUNK DI YAWDIE @CAFE GATI
Free Videos by Ustream.TV

山賊CHITCHAT

  3月16日のCHITCHATで行われた山賊達のチャリティーライブ。

光風さんに「見たい」とゆー声が多く届いたとのことで、
カメラマン3人の映像を編集してアップしました。 
USTREAMにはUSTREAMの良さが。
編集した映像にはその良さが。
んでやっぱりLIVEは見に行こーバイ。

みんなのうた

  編集を一段落させて、3月11日以降初のサーフィンへ。
倉敷のマチャアキさんも海に入ったとWEBで見て思い立つ。
そして海の中で黙祷をする。

海でいろいろ考える。

あの日以降、みんなピリピリしてるなと思っていたが、
実はそれは自分かもと思う。

海から帰ると撮りたいモンが見つかる。
いろんなモンを放ったらかして葉山の*hanatoto君と向かった。


以下引用させてもらいます。

原発は怖いし、いらないと思う、ただそれに頼らないと生きていけない自分もどんなもんじゃぁ?と感じた。友達は地震のすぐ後に沖縄に移住し、畑を耕したりしながら自給自足の生活をはじめた。色々と変わらなきゃいけない時なんだと強く思った。人それぞれ・考え方や生き方がある。選択肢は自分で選べばいいし、批判も非難もする必要もなければ、される必要もない。ただ、間違いなく自分のなかにある【なにか】は変わっていくんだと思う。今よりも強く・鮮やかに・そしてステキに。

今のところ、葉山から離れる気はこれっぽっちもない、避難勧告でも出ない限り。自分で居ると決めたからには、何かをしなくちゃいけない、と思った。保育園の子供たちは、テレビで凄まじい光景を目の当たりにして、心が疲れている。それはきっと、映像だけでなく、親の感情を読み取っているのも理由の1つだと思う。何をすればいいのか?と考えてみて出た答えがこれだった。


できる範囲で今までと同じ生活を送ろう


そして、ココロに安心を こどもたちに笑顔を


今、この町に元気がない。自分が疲れているときやテンションがあがらない時にローソンでたむろしてる中学生がたばことか吸っちゃってさ、チャリで競争してる小学生とか、ノーヘルで原チャリのってる奴とか、なんかその光景はホッとするし元気もらえるんですよ。あとやっぱり笑顔ね、こどもたちの。5歳くらいの子供に地震や津波・原発の怖さを伝えても意味がないんじゃないかな?って思います。

だから、今回のライブは子供の為とか偉そうなコト言ってますが、本当は大人の為なんです。子供が元気になったら、大人も不元気じゃいられないんじゃないかな、きっと。パワーを頂いているんですよ、元気な人から。ぜしぜし、子供いっぱいで遊びにきてくださ〜〜い!!
 *当日は電力を極力使わないためアンプラグド(生音)演奏です。
*こどもたちが踊ったり唄ったりできるようにスペースを広げますので 椅子のご用意はありません。 
*食べ物・飲み物は、各自ご用意してください。
*ドネーションで集まったお金は 被災地への義援金とさせて頂きます。

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